地方移住

言いにくいけど言う。疲れています。そしていま、したいこと

こんにちは、ななみんです。

最近どうも気分がとげとげしくなる日が多く、オットがよくその被害を受けています。(申し訳ない)

なぜなのか、自分でもわからず悩んでいたのですが、ようやくわかりました。

わたしは疲れている

疲れに気づかなかった理由

なぜこんな簡単なことに気づかなかったかというと、

ななみん
ななみん
好きなことばっかりやっているんだから、疲れるはずがない!

と自分で思い込んでいた。

いや、正確にいうと、そう思いたかった。

ただ、いくら「好きなこと」ばかりやっていても、その周辺には必ず「好きでも嫌いでもない雑事」が掘りたての里芋みたいにくっついてくるんですね。

あれを払い、これを送り、それを作り、あっちを直し、届けて、洗って、借りて、返して、買って、売って、話して、聞いて・・・

これに「育児」が加わっている人っていったいどうなってんの?

そう、わたしの友人・知人は「育児まっさいちゅう」で仕事もばりばり、という人が多い。

彼女たちにくらべたら、子どもがなく、しかも会社にも行っていないわたしが疲れているというなんて申し訳ない。

そんな気持ちが、自分が疲れているという現実にフタをしていたという面もあります。

でも、わたしだって、会社でいうなら「渉外」「経理」「総務」と、ついでに「食堂の人」「社員寮のおばちゃん」を兼務しているようなもの。

ななみん
ななみん
ミミズだってアメンボだってななみんだって疲れるんだ!

海からの贈り物

そんな中でふっと想い出したのが、この本の存在でした。

海からの贈り物」(アン・モロウ・リンドバーグ)

暮らし、人間関係、結婚、加齢、女性という立場で生きることなどについて、ひとつひとつ短い章に思索がみちた、美しい本です。

都会(NY郊外)の生活からひととき脱け出した、5人の子の母であり、著名な飛行家リンドバーグの夫人でもあるアン・モロウ・リンドバーグ(本人も飛行家)が、ひとり海辺に滞在して半生を振り返り、人生観や価値観を綴っています。

家族との生活だけではなく、社会的、文化的、国家的、国際的な存在として要求される、アメリカ人の日常。

女性のまわりにある、多すぎる仕事、たくさんの人間関係、あふれる持ち物にジャマされずに、自分ひとりの時間を作り、豊かな魂に変えていけるのか。

私はそのことを考えただけでもめまいがする。私たち、アメリカの女はなんという芸当をやって、その日その日を過ごしていることだろう。

これをアンが書いたとき、時代は1955年のアメリカ。
内容が現代日本のわたしたちにも、そのまま通じる普遍性に驚きます。

アン自身が49歳のときの本なので、より身近に迫る思いも。

そして、この時代よりはるかに情報量とスピードが増した今、誰しも疲れはてていて当たり前なのではないかと感じるようになりました。

現代人がもがいている断捨離についても、彼女はこの時点で言及しているんですよね。

いつの時代も変わらないんだなぁという、ある種の呆れと、ある種の安心感。

私は交際上の偽善ということを捨て始めているのである

人間かいかに少しのものでも生きていけるか、そしてそういう簡易な生活がどんなに大きな精神上の自由と平和を与えるものか

ここにも「海からの贈り物」について考察が述べられています。

遠い朝の本たち(須賀敦子) P112~

そして、この本でも引用されて、かつ「海からの贈り物」の中でもっとも重要な文章のひとつと思うのが、この箇所。

我々が一人でいる時というのは、我々の一生のうちで極めて重要な役割を果たすものなのである。

ある種の力は、我々が一人でいる時だけにしか湧いてこないものであって、芸術家は創造するために、文筆家は考えを練るために、音楽家は作曲するために、そして聖者は祈るために一人にならなければならない。

わたし、そして、女性に限りませんが、現代人は「ひとりになる」機会が極端に少ないような気がします。そしてそれが、そのまま疲れにつながっている。

ひとりになることの大切さを考える

ひとりが大事か、じゃあ、と、現代にメールもSNSもケータイも絶って暮らせる人は、そうたくさんはいないでしょう。

わたしたちは、自分であえて「ひとりにならないような」複雑な生活を選んでしまっていて、それはもう後戻りできないようなレベルになっています。

ただこの暮らしに飲み込まれすぎないためには、人工的にでもひとりの時間と空間を創りだすことは、思っている以上に大切なことなんじゃないだろうか。

みんな口では「ひとりの時間って大事だよね~」とは言うけど、

「いやほんとにそれって人生そのものだから」

って言ったらちょっと引くと思う。

わたしも、口ではそう言いながら、やっぱり後回しにしてしまっていました。

でも、ムリにでもひとりの時間を取ったらいいし、取るべきだと思う。

周囲に迷惑かけてもいい。
みんな順番にやればいいんだから。
そのあとは、きっと大切な人をより大切にできるでしょう。

ちなみに、北欧人は、大勢でわいわい集まる時間が好きだそうです。
なぜなら、みんなが帰ったあとのひとりの時間が、ギャップによって、さらに輝きを増すから。

なんとも達人ですね。

(ちょっとこじらせてる感も…)

いま、したいこと

でいったい、いま何がしたいかというと、この本を再読するための休暇を取りたいです。

やっぱり海辺で読むのがいいですよね。

幡多の海からの贈り物はなんでしょうか。