思考

「中国(人)キライ」とか言うひとに言ってみたいこと

こんにちは、ななみんです。

いつか言いたいと思っていたことをまとめます。

テーマ:中国
(この記事での中国は、台湾や香港・マカオを含まない「いわゆる大陸の中国」を指します)

「中国と結婚した」30代

そこに至る経緯はちょっとすっとばしますが、ともかくわたしは1999年~2000年にかけて、中国に留学していました。

帰国してから(29歳)、市場調査をする会社に就職し、主に中国における市場調査を担当して約14年。

駐在こそしませんでしたが、30代はずっと中国のことを考えて暮らしていたし、

「自分の半分は中国と結婚した」

とわりと本気で思っていました。

いろいろあって、今は中国と関係のない場所におり、関係のない仕事に就いていますが、機会があればいつでも中国に関わること(仕事、ボランティア、プライベートに関係なく)をやりたい気持ちはあります。

中国と離れたら、手のひらを返した人々

わたしと中国との関わりは、留学前の旅行や短期研修の時期から通算すると20年以上になるわけですが、その間、「中国」や「中国人」というキーワードを出すと、たいていの日本人の反応はネガティブでした。

そもそもわたしの親からして、意味もなく中国人や朝鮮人に対して蔑視する傾向がありました。
親とはいえ、恥ずべきことです。

ただ、そういう思い込みをしている人がわりと多い年代だし、もう80歳近くになって考えを変えさせてもしょうがないかなと。

じゃあ50代以下くらいはどうかというと、

「中国に旅行する」
「中国に留学する」
「中国に関係した仕事する」

と言うと、たいていの回答は

「ふーん」
「えー」
「なんか中国ってやだー」

というものがほとんど。

ぶっちゃけ、お年寄りと大して変わらない。

まぁでも、あとから思えば、こうした人たちはまだマシだったんです。

わたしが心底驚いたのは、わたしが中国関係の仕事を離れたあとに、それまで何も言わなかった人たちが急にわたしの前で中国や中国人の悪口を言いだしたこと。

「できれば一生行きたくない国」とか、「中国人とは付き合いたくない」とか。

本当はずっとそう思ってたんだ・・

初めから「ヤダー」って言ってた人のほうに、むしろ好感すら持ちました。

14億人をひとまとめに語る愚かさ

でも、それでも「中国に行ったこともないけど、なんか中国(人)ってヤダー」という人に言いたい。中国の人口は14億人。

世界の1/4を人生からシャットアウトするの、もったいなくないですか?

もちろんクソみたいな中国人もいますよ。
でも「大地の子」の陸徳志のように、信じられないほど器の大きい素晴らしい中国人も実際、います。
それは日本人も同じだし、どの国も同じこと。

たぶん冷静に考えればわかることなのだろうけど、なぜか「中国=キライ」で刷り込まれている人がかなり多い。

「思考停止」ってこういうことなのか。と思い知りました。

と、えらそうに書いていますが、これは自戒なのです。

思考停止って、たぶん自分では気づかないうちにやるから思考停止なのです。

わたし自身も、どこかでそういうことをやらかしているかもしれないです。

ひとり良い人に会えばすべて変わる

個人的なことでいうと、わたしは中国に関わる中で、ひとり、一生恩返しができないほどお世話になった中国人がいます。

そして、西安という好きな街がある。(他にも好きなところはたくさんある)

大雁塔(西安市)

結局のところ、「キライ」というのは「知らない」とほぼ同義語であって、1か所でも、ひとりでも、良いところや良い人を知っていたら、

中国なんて・・・
中国人なんて・・・

とまとめた考えはできないはず。

ちなみにわたしが中国へ行ったら、「この中国人にとって、わたしが直接話す最初で最後の日本人かもしれない」といつも思って接しています。

わたし次第で、この人にとって日本(人)の印象が大きく変わるかもしれない。
責任があります。

たったひとつの風景やひとりの顔っていうひとかけらがあるところから、思考が始まるのだと思う。

だから特に最初のひとかけらは、ものすごく大事。
ほんとに大事。

誰かのひとかけらになる

ぐっと卑近な話に戻すと、「最初のひとかけら」が大事なのは、中国でも四万十でもどこでも、実は同じわけで。

やっぱりここ四万十でも、わたしは「ひとかけら」の何かや、誰かのおかげで、いられるわけです。

そういう「誰かのひとかけらになる人」っていう人の最大の共通点はなんだと思いますか。

親切な人?
思いやりがある人?
余裕のある人?

どれもありえるけど、実は

好奇心の強い人

だとわたしは思います。
ちょっと子どもみたいな人です。

異国や異郷からやってきた人間を、なんかおもしろがる。

ようはそれ以上のリターンを求めず、軽い気持ちで助けてくれるから長続きする。

よそから来た人に対して「〇〇さんちを探してるの?こっちだよ!」と、頼みもしないのに手を引っ張っていこうとする子どもっていますよね。あんな感じ。

そういう人たちのおかげで、わたしは昔も今もやってくることができました。

次はわたしがそのひとかけらになる番なのです。

ななみん
ななみん
(早うせんか・・・)