思考

人生であと1度しか旅に出られないとしたら、どこに行く?

今日、ふとオットに訊かれたのがタイトルの質問でした。

「旅」というのは海外へのことを指しています。

年に1度以上、海外に行くのはわたしたちにとっては当たり前というか人生そのものという感覚です。

むしろ半分くらいはそのために会社を辞めてしまったといっても過言ではありません。

と言いつつも、行き先はそれほど真剣に考えているわけではなく、そのときそのときの自分たちの関心に流されて決めていたというのが実態。

昨年はハワイ島、今年は米国本土、と来て、来年はなんとなくヨーロッパ方面の気分でした。

ヨーロッパはけっこう行っているので、マイナーなほうへ行きたいな~。と。

セルビアとか。

しかし、「人生であと1度しか旅に出られないとしたら、どこに行く?」と、タイトルどおりの質問をオットに訊かれたとき、すぐに「セルビア」と答えられなかった。

 

ずいぶん悩んでしまいました。

 

結局、わたしが出した答えは「中南米」(例:グアテマラ、コスタリカ、チリ、アルゼンチン)。

ちなみにオットは「中央アフリカ」(例:ケニア)。

 

_人人人人人人人人人_
> セ、セルビアは!? <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^ ̄

 

中南米も中央アフリカは、行ったことがないし、その上、思い切り五感に刺激が大きそうな場所です。

「人生であと1度だけ行けるとしたら」

既視感のあるヨーロッパより、やはりこちらを冥土の土産にしたい。

 

あと何度でもチャンスがあると思うとヨーロッパなのに、あと1度だけと思うと中南米やアフリカになる。

人間の選択って不思議です。

 

なぜかというと、中南米やアフリカは遠い。よって費用もかかる。さらに予防接種だの、ビザだの、準備が大変。

なので、行きたいけどどこか億劫、というのが正直なところなのです。
感情より、物理的なことが先に立つ。

だけど、「人生で最後」ってなったら、面倒でも何でも頑張りますよね。
お金残してもしょうがないから、高くても行きますよね。

 

人生全般でも同じなのかもしれません。
「卒業したら・・・」「子どもが巣立ったら・・・」「定年したら・・・」「老後は・・・」あれやろう、これやろうと、みんな色々言います。

なんで、「今」じゃないのか。

だいたいは「時間とおカネができたらやろう」ってことなんですけど、そうなったらなったで、「体力がなくなっていた」とか、最悪、「自分、死んじゃってました」ってこともありますしね。

 

それに、外的要因のために、できなくなることもあります。

わたしの人生で大きな後悔は、20年以上前に、シリアに旅をするチャンスがあったのに、やっぱり準備がちょっと億劫で「まぁ、そのうち」と先送りしてしまったこと。

シリアの現状はご存じのとおり。

もうシリアに楽しい観光旅行をすることは、わたしが生きている間にはムリかもしれないし、仮にできたとしても、大きく損壊されたシリアしかありません。

かつてのような、美しいシリアに行くことは、どんなにお金を積んでも無理なのです。

 

このことが大きな教訓となって、

 

やりたいことは、やりたい順に

 

というのがわたしのポリシーだったはずなのですが、いつの間にかまたズレていたみたい。

 

時々、見直さないと(ラクなほうへ)流されるんだなぁと改めて感じたことでした。

 

と言いつつ、来年はセルビアにいるかもしれませんけれども。