おかね

「セミリタイア」(小規模な大橋巨泉)を目指す人があふれるニッポンの息苦しさ

アメリカ話が続くので、全然違う話を突然しますね

世の中、見ていると

「セミリタイアを目指すブログ」

っていうの、たくさんあります。

この「セミリタイア」というワード、一般的になったのは、故・大橋巨泉さんのライフスタイルがきっかけみたいです。

今の若い人は大橋巨泉さんといってわかるのだろうか

タレントであるほかに、11PM、クイズダービー(もう古すぎ)の司会者として大変な人気のあった巨泉さんは、56歳でセミリタイアを宣言します。

完全に芸能界を去るのではなく、ゆるやかにつながりつつも、9割くらいの仕事は辞めてしまったよう。

そんな巨泉さんのライフスタイルからできた造語、セミリタイアには

  • 早くから貯蓄する
  • 仕事が順調なうちに、やめる
  • 悠々自適に過ごしながら、ちょっとはやりたい仕事もする

というゆるい定義が出来ているようです。

 

とはいえ巨泉さんは巨万の富がある上に、芸能界という融通の利く仕事があったわけで、一般人はまったく条件が違います。

一般人による「セミリタイアを目指すブログ」的なものを読んでいると、

  • 株配当や不動産収入で軽い収入を得る
  • 足りなければバイトをする
  • あとの時間は自由に過ごす

みたいな「小規模な大橋巨泉」を目指している人が多いようです。

ちなみにこれは欧米でも似た状況で、FIREと呼ばれるそう。
「FIRE(Financial Independence, Retire Early=経済的に独立し、早期退職)」

小規模な巨泉よりスマートな言い方です

これも考え方としては、やっぱり「むだな支出をせず、インデックス投資に回して早く経済的に独立しよう」というもの。

 

一見良い感じみたいですが、ほんとにリアルに考えてみると、トレードや不動産で不労所得を得てるだけの生活って、わたしから見ているとそれほど魅力的ではないんですよね・・・(実際にそんな知り合いはいないのですが)

セミリタイアができたとしても社会とつながらなくなったら全然オモシロくないわけで、そのためにはやはりなにか広い意味で社会に対する”仕事”が必要になってくるように思うんです。

 

ちなみに我が家も「セミリタイア?」と思われることがわりとよくあるのですけれど、かなり違います。

ずっと会社員をやっていたら、60だか65だかで居場所がなくなり、本当のリタイアメントが来る。

でも、寿命ってたぶんもっと長くて、90歳とかまで生きちゃう可能性ありますよね。
うちは特に長寿家系なんで、「長生きの恐怖」もけっこうある。あるある。

65歳から90歳まで、「何もしないリタイア組」になったら、超ヒマで恐ろしい。
実際、東京の図書館は、そういったリタイア組が溢れています。

図書館は好きなんですけど、図書館しか行くところがないっていうのはかなり状況が違う!!

だからわたしたちが目指したのは、セミリタイアどころかむしろ逆です。

一生リタイアしない

そのためには、会社のようにリタイア時期を決められてしまうような場所にずっといたらいけないし、ずっと続けられる何かが必要だと思ったのです。

 

オットは林業関係に、わたしは文章関係に、その道を探したい。

 

それで、ずーっと先に、もっと歳をとったらカフェをやるのもいいかもな。

 

なんて思っていたら、カフェのほうが想定より数十年先にやってきました!!

人生って不思議。

ともあれ、わたしたちはセミリタイアはしてないし、それを目指してもいません。

 

ところで最近、たまたま図書館で手に取った本(もう絶版のようです)、タイトルは「セミ・リタイアメント」なんですが、ここまでの話とはちょっと違うことが書いてありました。

この作者の荒木さんはフリーのライター、旦那さんは旅行作家だそうです。
お子さん3人を連れて、ボルネオ島で1年半を過ごしたライフスタイルを記述されていますが、そのきっかけとなったのが、旦那さんとのこんな会話。

「アメリカやカナダでは、中年期の一時期を仕事を休んで、好きな趣味や芸術などをしながら過ごすセミリタイアがちょっとしたブームになっているらしいけど、このあいだ取材で出かけたネパールのポカラという町でも、実際にセミリタイアしている欧米人の姿をたくさん見かけたよ」

本格的なリタイアとは違って「セミ」なので、数か月もしくは数年後にはまた同じ仕事に戻ったり、セミリタイアで人生の価値観が変わって、以前とは全く違う仕事や人生を歩み始める人も多いらしいのです。

(中略)

私は夫からその話を聞いて、セミリタイアがお金持ちの道楽ではなくて、いろいろな人生の選択肢の中の一つであることに驚きました。

わたしが会社員のときに望んでいたのはまさにこれ!
これなんです。

別に会社員を完全にぶったぎってすぐに全部辞めたいわけではなかったけど、いったん離れて人生を見直す時間が欲しい、そんな感じでした。

ちなみに荒木さんファミリーは1年半の「セミ・リタイアメント」のあとに、元の生活に戻られたようです。ただ、人生観や価値観はだいぶ変わられたようでした。

 

ですが、こういう経験を持つのは、現在の日本の会社のありかたでは到底ムリな話ですよね。

辞めるか、辞めないか。0か100か。それが日本の会社です。

荒木さんが言うところのセミ・リタイアメントは、「途中下車するけど、また次に来た同じ列車に乗る(乗らなくてもいい)」と言う感じ。

いっぽう、日本的なセミリタイア(小規模な大橋巨泉)は、「行き先の違う列車への乗り換え」です。そして多くは、鈍行への乗り換え。

たぶん、本当は「ちょっと途中下車するセミリタイア」でも良い人はたくさんいるのではないかと思いますが、今のところ、「小規模な大橋巨泉」になるかならないか、という選択肢しかないのは、とても息苦しいですね。
そもそも、それはかなり限られた人しかできない冒険です。

いつでもだれでも、もとに戻れる「途中下車のセミリタイア」が可能になれば、なんとなく日本人の人生はラクに楽しくなると思うのですが。