想う

市場調査歴15年、人生観が変わった2つの質問

わたしがかつてやっていた「市場調査、社会調査、世論調査」という仕事は、アンケートやインタビューを通じて、人々の意識や行動について聴くことが主な内容でした。

あなたも「アンケート」というものに答えたことがありますよね。

その中にもしかしたら、

  • 「あなたは風邪を引いたことがありますか?」(はい・いいえ)
  • 「あなたは宇宙へ行ったことがありますか?」(はい・いいえ)

こんなふざけたような質問が入っていることがあったかもしれません。特に、設問数が膨大なとき。

なんでこんな当たり前のこと聴くのかな?と思いながら、「はい」「いいえ」と回答すると思いますが、それで正解です。

なぜならこの質問の作成者側の意図は、「あなたがこのアンケート全体に真剣に答えているかどうか」をチェックすることにある、いわばこれらはフェイクの質問だからです。

質問文をろくに読まずに、適当にはい・いいえを流し回答している回答者は、こうした設問に引っかかってしまい、「風邪を引いたことが、ありません」「宇宙に行ったことが、あります」と回答したりします。

質問者は、こうした回答をした人を「不誠実な回答者」と見なし、その答えをすべての質問から除外するのです。

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あるときも、わたしはこうしたフェイク質問を含めたアンケートを、日本・インド・東南アジア・中国・欧米各国に向けて行う仕事を担当していました。

調査が終わり、集計すると、なんと!

インド人の回答者のうち、約1割が「風邪を引いたことがない!」「宇宙に行ったことがある!」と回答してきたのです。

日本人を含め、他国の回答者には、1割どころか1%もいなかったにも関わらず…

セオリー通りであれば、このインドの1割の人たちは「不誠実・不真面目な回答者」として、調査結果から除外するのですが、そのときふと思ったことがあります。

 

この回答は、本当に間違っているのだろうか、と。

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そもそも、「風邪」ってなんなのか。

熱とくしゃみと咳が出ていることを「風邪」と呼ぶと誰が決めたのか。

熱とくしゃみと咳が出ているのは熱とくしゃみと咳が出ているだけで、それを「風邪」と呼ばないからといって、不誠実だと決めつける権利がわたしにあるんだろうか。

もし風邪程度では医者に行けないような家庭であれば、誰からもそう「診断」されたことがなくて「風邪だ」なんて気づきもしないかもしれない。

 

そもそも、「宇宙」ってなんなのか。

こころの中に宇宙が広がっている人がいるかもしれない。いつも自分の宇宙を持っているひとがいるかもしれない。

もしかしたら、この人の魂はほんとに宇宙に行ったことがあるのかもしれない。

そのひとが「自分の宇宙」を行き来しているなら、「宇宙に行ったことがある」という回答はまったくウソではない。

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この結果を眺めながら改めて感じたのは、言葉の定義がどこまでも曖昧であること。

確かにそれらには、世間の総意「っぽい」定義はあるけれども、自分たちはそれに縛られ過ぎなのではないか。

たとえば、「成功」とか「失敗」とか「勤勉」とか「常識」とか「普通」。

当たり前のように使う言葉ほど、一般的定義も強くて、自分たちを縛りつける力も大きい。

でもどんな言葉も、多様に解釈される余地があるはず。

いやむしろ自分だけの定義をどう作るかが、人生そのものなんじゃないかと。

インド人の回答を見ながら、そんなことを教えられたような気になり、それからずっとどこかでわたしの指針になっている経験です。

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ま、インド人の回答は1割がほんとにテキトーだった可能性も高いけど。