今回の旅の大きな目的のひとつは、バーモント州マールボロを訪れることでした。
場所はこのあたり。ボストンからはクルマで2時間半ほどの静かな田舎の山の中です。
ここへ行きたかった目的、それは「ターシャ・テューダーの住んだ町に行ってみたい!」
ただ、それだけでした。
ターシャはアメリカの著名な絵本画家であり、かつ庭造りの名人としても日本では大変な人気があります。
わたしも、ターシャが56歳から1人で自給自足の田舎暮らし(しかも18世紀のような服装と環境で)を始めたというあたりに、特に強い関心を持っていました。
もちろんターシャの庭を見てみたいとは思ったものの、ターシャが亡き今、現在ターシャの庭はご長男のセスさんの管理下にあります。
年間数日しか公開しておらず、その予約が取れるのは年始のみ。さらに1名あたり185ドルと、色んな意味で狭き門なのです!
庭を訪問するのは早々に諦めたものの、バーモントがもっとも美しい季節、とターシャが語っていた6月にアメリカに行くなら、やはり彼女が住み、終焉の地ともなったマールボロに行ってどんなところか訪ねてみたかったのです。
心の中では
「これだけの人気なんだから、庭に行けなかったとしても、きっとマールボロには何かミュージアムとかショップとか、ゆかりの場所とか、何かあるに違いないさ」
とのんきに構えておりました。
マールボロ訪問前日。
少し手前のウィルミントンという町のモーテルに宿泊し、さて今日はマールボロへ行くぞ、という朝。

フレンドリーなモーテルの主人(関係ないけどパキスタン人)と話したときに、オットが
「ターシャ・テューダーご存じですか」
と何気なく聞きました。当然
「もちろんだよ!彼女はこのあたりではレジェンドさ~」
なんて答えが返ってくるとばかり思っていたら、返って来た返事は
「タ?タ?タジャ?なんだって?」
オットが何度も「ターシャ・・・テューダー」と親切に繰り返してもさっぱりピンと来ないらしい。
まぁ男性だし、あまり興味がないのかもね、と思いました。
それにしても、隣町の有名人なのに知らないもんかね~、とオットと言いながら、宿を後にします。
途中立ち寄ったコーヒーショップ。

ここでは、50代くらいの女性がいたので、同様に聞いたところ、ターシャの名前は知っていたものの、マールボロにターシャに関連して何があるかはまったくわからない様子。
「Chamber of Commerceへ行ってみたらどうかしら」
というので、ちょっと戻ってウィルミントンのChamber of Commerceへ行ってみることに。

このあたりから、オットもわたしも、ちょっとおかしいな・・・と思い始めます。
みんな、とにかく反応が薄い。
隣町の、あんな有名人の話をしているのに!!
遠い親戚のおばあさん以下の扱いじゃないか。
Chamber of Commerceに行ってみると、男性と女性のスタッフが一緒に出てきてくれました。
同様に聞いてみると、男性のほうはターシャの名前を聞いてもスワヒリ語を聞かされたようなポカンとした顔をするのみ。早々にいなくなってしまいました・・・
女性のほうがかろうじて、「あぁ、そういえばそういう人がいたわね。子どものころ、絵本を見たなぁ」という、郷愁を感じさせるコメントのみ。
で、グーグルで(!!)調べてくれたものの、わたしも何度も見たあのサイトを見るのみ。
「うーん、ターシャガーデンに行くのは年始の予約のみだし、高いチケットだわね~」
それは知ってる・・・
ここまで来て、本当にナゾに思ってしまいました。
もしかしてみんなグルになって、歴史からターシャを抹殺しようとしてない?!
そういえばターシャって移住者だしな・・・
移住して勝手なことをやって地元民とモメるという、よくある移住者トラブルだろうか。
想像が物騒になってきたところで、マールボロへ行ってみることにしました。
マールボロはもはや「町」という体裁でもなく、どこが中心地なのかもよくわかりません。
かろうじて「タウンセンター」という案内所みたいなところがあったので、そこを訪ねてみます。

出てきた職員の人に、同じ聞き込みをするオット。
「決まりきった質問ですから」と言った感じの、もはや老練刑事です。

さすがに地元の人はターシャの名前はよくわかっていたのですが、やはり
「庭の予約がない以上、大変申し訳ないが、僕にできることは・・・」
ない、んだよね。
「息子のセスの電話番号を教えることくらいだ」
「はっ?」
こっちがポカンとする番。
なにかの聞き違いだよな、と思っていると、彼は本当にさらさらと1つの電話番号を書いて渡してくれました。
「これ、電話がかかってきても彼は構わないんでしょうか」
とオットが確認すると
「Sure(もちろん)」
と。
いやSureって。
この個人情報について敏感なご時世に、いきなり電話番号。びっくりです。
一瞬、「わ、すごい!マーベラス!」と思ったものの・・・
よく考えたら、電話できるわけがないですよね。
「日本から、たまたま近くに来たもんですからご挨拶だけでもと」
「それはわざわざ、ではぜひお立ち寄りください」
なんて流れ、ないだろう・・・
日本の評価を落としても困るし、単なる迷惑になりそうだったのでやめました。
(この番号が本当にプライベートなのか、何かオフィシャルなものなのかは不明です)
その後、マールボロの界隈をフラフラしてみたのですが、どこにもターシャのタの字もない。

ミュージアムどころか、絵本もポストカードもなく、まったくもってビックリするほどターシャの印象はかき消された感じでした。

(ちなみに近くの町に小さな展示室があるという話は見ていたのですが、内容が貧相そうなので、初めから除外していました)
そしてこの夜は、マールボロからさらに北上したバーレ(Barre)という町でB&Bに宿泊したのですが、そこには米国人と共同経営される日本人のオーナーさん(在米十数年)もおられましたので、ちょっとこの状況について訊ねてみたのです。
すると、
「何年か前に、全然知らない日本人からメールでターシャ・テューダーの問い合わせが来たことがあって、そのとき初めて知ったんです。そんな人が日本で有名だなんてびっくりしました。こっちでは特に話題になってなくて・・・」
と。
そうか。やはりそうなのか。
彼によると
「このへんは、みんな庭いじりはしますからね」
と。確かにバーモント州は土地自体が美しいだけではなく、住民の意識も高いと見えて、芝生や庭、花壇を綺麗にしている家が本当に多いです。
彼女だけが珍しいわけではない、ということかな。
さらに、
「庭、といっても、おばあさんがひとりでやれるくらいの庭なんですよね。だとすると、たぶん米国人からすれば、特に珍しくもない広さだと思うんです」
ともおっしゃる。
うむ・・・
彼女の土地は30万坪(約100ヘクタール)あると言われるので、そう聞くと確かに物凄く広大なんですが、全部が庭ってわけではない。当たり前です。
そういえば、ターシャの庭を実際に訪れたことのあるウチのカフェの家主さんも、「広さはそれほどでもないけどな」とは言ってたよなぁ・・・
なので「地元でのターシャ・テューダーの扱い」についてまとめると、
- ターシャは、地元では日本ほどの支持はされてない
- 庭づくりは米国人にとって当たり前のことで、ターシャは特別なガーデナーとまでは位置付けられてていない
- 米国の感覚からすれば、彼女の庭はさほど広くない
ということが判明しました。
(わたしたちが個人的に感じたことなので、また違う見え方もあるかもしれません。あくまでご参考。)
ただ、だからと言って、がっかりしたというわけではありません。
- 人物像というのは、発信の仕方でどうにでも印象操作ができる
- また、「見たいように見ている」受け手側の責任もある
- 現地で現物を見ること以上の正確なことはない
ということについて、ちょっと考える機会をもらったというだけです。
ターシャについて勝手にイメージを膨らませたのはこちらですからね。
ともあれ。
この季節のマールボロ(というかバーモント州)の美しさは、それは素晴らしいものでした。ニューイングランドと呼ばれるこの地方は、建物もヨーロピアン調で壮麗で美しく、バーモント(=緑の山の意味)の風景に溶け込み、どこを見ても絵画のようです。
バーモントは、ターシャの庭の写真から得た印象とまったく同じでした。
本当にバーモントに来て良かったなぁ、と。
マールボロを訪ねた翌日、6月18日はターシャの命日(2008年没)ということで、庭にもお墓にも行けてはいませんが、ちょっとお参りさせて頂いた気分になりました。
年季の入った刑事のように、英語で聞き込み捜査をしてくれたオットと、対応して色々教えてくれたバーモントの皆さんに感謝です!!