思考

父の死に目には、会えなかった

先日、「移住と介護」について書いたばかりですが、急転直下であれから1か月もしない間に、当事者である父が永眠してしまいました。

まだそれから10日あまりなのですが、自分にとっては100日過ぎたくらいに匹敵する感情の動きや多くの知見などがあったので、備忘録をかねて書き記しておきたいと思います。

まずは、父が自宅で転倒してから永眠するまでの経過。

10月7日 
自宅で転倒、救急車で搬送される
人工呼吸器を挿管したことでとりあえず容態は安定するものの、頸椎を損傷したため、首から下が動かない状態

10月13日~15日
私と夫が上京し、面会
人工呼吸器のため会話ができないがアイコンタクトは可能

10月16日 
私と夫は、いったん高知に帰る

10月23日 
容態が急変したとの知らせが入る

10月24日 
私だけが、再度上京して面会する
意外にも、回復が早く、呼吸器も外れていた

前回よりも顔色がよく、ごくわずかに会話する
(ただし、声が出ないため、ほとんど内容はわからない)

「このまま回復するかも?」と期待する

10月25日、26日
面会続ける。24日と状態はほぼ変わらず

10月27日 
医師より、今後の治療方針について説明あり

・現在、容態が落ち着いている
・11月2日に頸椎の手術をする
・ただし、脳梗塞など手術によるリスクもある
・手術が成功したとしても、重度の障害は残る可能性高い

10月28日 
私、いったん高知へ戻る
19時ごろ 帰宅
21時ごろ 父、急変の連絡
23時ごろ 父、永眠の知らせ

改めて書き起こして驚くのは、父が永眠する前日に、医師と家族で「状態が安定しているから手術しましょう」なんて話をしていたところです。

もちろん、手術が成功したとて、かなり重度の介護状態になる可能性が高い、という重い前提ではありますが。

医師は、「どっちにしても(手術をしても、しなくても)お父さんの余命は、そう長いとはいえません」とはっきり言っていました。

しかし私は、そういう都合の悪いところは聞き流していたというか、勝手な解釈に置き換えていました。

重度の障害が残るかも=今よりは動けるようになる
余命がそう長くない=そんなにすぐには死なない

みたいな。

そして、さーて介護どうしよう!と腕まくりしかかっていた感じ。

ポジティブ思考というよりも、現実逃避です。
それくらい、自分にとって、父が死ぬということはありえないことだった。

そして10月28日、私が東京→高知に戻ってしまい、家に着いたわずか4時間後に、父は旅立ってしまいました。

死に目に会いたかった。
そこに特に意味があろうがなかろうが、最期の呼吸を見届けたかった。

という気持ちはもちろんあるのですが、とはいえ、まさか「あと数時間早く逝ってくれたら」と思うはずもなく。

そうであれば、ただただ、巡りあわせだから仕方ない、と諦めるだけです。

「オトウサン、ホントニ、シンジャッタノ?」

 

なんだか何も実感がわかずにそうつぶやきながら、10月30日、私は夫とともに、喪服をもってまた上京しました。