これまでは、「おカネ」と言えばどちらかといえば”貯める”、そして”増やす”ことに軸足を置いてきたのですが、50歳を過ぎて、だいぶ変化の兆し。
最近は、「いかに、上手に使うか」ということにシフトしつつあります。
この50過ぎという年代は結構微妙。
現実味を増してきた「老後」に対して、守りに入りたい気持ちが半分。
逆に、もう元気なうちに使えるのは今しかないぞ、という気持ちが半分。
例えば100万円、もしポンともらったら。
大事に取っておかなきゃ!っていう気持ちと、アフリカでも行っておくか!という気持ちが多分50対50ぐらいで戦うと思うんですねん。
ここで気づいたんですけど。
若いころは、おカネって「つかうのは簡単、貯めるのは大変」って思っていたんです。
でも最近は逆で、「貯めるのは簡単、うまく使うのは難しい」と思っています。
貯めるというのは、ケチケチして、放っておけばいいだけですから、要は何も考えなくていいわけです。逆に思考停止したほうがいいくらい。
しかし使うのは、適当にやると本当によくて「消費」、下手すると「浪費」で終わるだけ。
まぁ、だからこんな本がベストセラーになるわけですよね。
みんな案外、使いかた(使い切りかた)に悩んでいる。
この本の主張は簡単に言うと「死ぬときにお金を余らせすぎるのはもったいない。お金は“思い出になる経験”に変えるべきだ」といったところでしょうか。
おカネを適度に守りつつも、うまく使う。
50代というのはそういう舵取りをリアルに迫られている感じです。
そこで考えているのは、2つの軸。
1.体力を必要とする経験にはおカネを使う
例えば旅行とかゴルフとか(まあ無理にやる必要はないんですけど)、そういったことをやりたいと思ったらそこにはふんだんにお金を使う。
シンプルに高級ホテルに泊まるとか高級レストランに行くっていうのもいい経験だとは思うけれど、際限もないし、もう少し体力が落ちてから(?)でもいいかも。
2.仕事のためにお金を使う
仕事道具はそれがまたお金を生む可能性があるわけで、「使いつつ、貯める」が自動で成立したりします。
簡単な例えで言うと、メルセデスを買うのは私たちにとっては消費(浪費?)になってしまいますが、軽トラックを買うのであればそれは投資になります。
わたしにとってはパソコンもある意味投資の1つです。
このあたりは人によって違うと思うんですよね。
たとえば、高価な化粧品などはわたしにとっては「消費」ですが、もし「綺麗で若見えする」ことで、仕事に大きな影響があり収入につながるという人なら、「投資」に値すると思います。
ある程度の軸があると、消費のめどが立てやすい。
さて未来を確実に予測することは不可能ですが、ある程度の目安になるのは「親」です。
親の状況を見ていると、自分の先ゆきが、そこそこ推測できる。
たとえば、わたしは人間の健康寿命って75歳くらいなのかなと思うのですが、それはやっぱり、親を見ているとそんな感じがするから。
そうすると私たち夫婦は、あとわずか20年しか残っていないわけで。
今から20年を、例えばざっくり前半戦の10年、後半戦の10年と分けてと考えると、前半(55~65歳)がいろいろ最後の勝負を賭けるときかなぁなんて思っています。
そういうわけで55歳から65歳までの10年間、守りつつ攻める、貯めつつ遣う、この辺りを楽しみながら考えて行きたいと思っています。







