最近の林業界、木材業界のホットな話題といえば、NHKの朝ドラで森林組合が舞台になっていることと、「ウッドショック(木材価格の高騰)」ではないでしょうか。
朝ドラはそれぞれで楽しんでいただければいいとして。
ウッドショック。
私は秋冬限定で小さな林業を行っているので今のところ影響はほとんどないですが、やはり気にはなりますよね。
今のウッドショックの状況を読み解くにはまだまだ知識不足なので、その方面の専門家におまかせしたいですが、この機会に、林業にまつわる経済の話について考えてみたいと思います。
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マーケットイン、プロダクトアウトとは
マーケットイン、プロダクトアウトという言葉はご存じですが?
なじみのない方のために簡単に説明します。
これは、商品(モノ)やサービスを開発するときの考え方です。
- マーケットイン・・・顧客、消費者のニーズを汲み取って商品やサービスを開発すること
- プロダクトアウト・・・商品やサービスの供給者が作り手の論理で作りたいものを作ること
一般的には、モノやサービスが少ない時代は、モノは出せば売れるので「プロダクトアウト」。
モノやサービスが豊富になって飽和状態になると、顧客のニーズを汲み取って付加価値をつけないとモノが売れないので「マーケットイン」になると言われています。
実際の開発現場ではどちらか一方ということはなく、両者の組み合わせのことが多いですが、現在はモノがあふれる時代なので、モノを開発する各社は「マーケットイン」にしのぎを削っています。
マーケットインを進めるには事前に消費者の欲求(ニーズ)を調査する必要があります。
それが市場調査やマーケティングリサーチと呼ばれるものです。
ちなみに私の前職はマーケティングリサーチ業でした。
マーケティングリサーチの手法も様々ありますが、代表的なのはアンケート調査など。
今は情報技術(IT)の進化により人工知能(AI)を使った手法も開発されています。
例えば、Amazonで商品を検索すると、「おすすめ」が表示されますよね。これは、これまでの検索利益、購入履歴などのビッグデータと言われる大量のデータをAIが分析して、個々の検索者に応じて表示させる仕組みで、市場調査の進化形になります。
このように事前に調査を実施すれば、開発するモノと消費者のニーズが大きく離れることなく、一定の売上が見込めるというメリットがあります。
ただ、消費者の顕在的なニーズは似通っており、調査をすればするほど開発する商品は似通ってきて過当競争を生みます。
そして商品で差をつけられなくなると、価格で優位に立つため、効率的に商品生産をするための大規模集約化が進みます。
このようにして「お客様寄り」の商品開発が進めば、これは消費者にとっては、ますます便利になって、ほしいモノやサービスも増えて、しかも安く手に入れるができる、とてもハッピーな状態。
・・・のはずです。
ただ忘れてならないのは、大半の消費者は、同時にモノやサービスの提供者でもあるということです。
直接モノやサービスを提供していなくても、会社勤めをしていれば間接的に提供者だといえるでしょう。
マーケットイン的な発想でこの熾烈な競争の中で勝ち続けようとすると、多大なストレスをから逃れられません。
私が前回の連載で「過当競争と行き過ぎたマーケットインがもたらすストレス社会」と表現したのはそういう意味です。
林業界におけるマーケットイン、プロダクトアウト
さて、前置きが非常に長くなりましたが、林業におけるマーケットインとプロダクトアウトについて考えてみたいと思います。
しかしいきなり結論ですが、「林業界にはマーケットイン・プロダクトアウトの発想はそぐわない」というのが私の見解です。
林業界、マーケットインの時代
少し時代の順を追って、振り返ってみます。
日本の山林は戦中の軍需利用、戦後の復興需要、高度経済成長期以降の戸建ブームを経て、1960~80年頃にかけて木材需要のピークを迎えますが、同時に極端な木材不足に陥ります。
この極端な木材不足の状況に対して、2つの政策が実行されました。
1つは造林(植林)の推進、もう1つは外国産の木材(外材)の輸入自由化です。
造林については、当時最も旺盛だった戸建て住宅用の木材需要に対応するため、元々の林業地だけではなく、広葉樹林も一斉に皆伐され、杉、ヒノキなどの針葉樹で単一品種の一斉造林が進められました。
これが「拡大」造林といわれる政策です。
木材の供給を求める市場の強い声にこたえて、林業界は木材を拡大生産・販売しましたので、これは「マーケットイン」とも呼べる状況でした。
植林した木をどうするか?プロダクトアウトの時代へ
林業界はそのまま市場からの需要に応える「マーケットイン」の時代が続けば幸せでしたが、ご存じのとおり、そうはいきませんでした。
木材価格は1980年頃をピークに右肩下がりに落ちこみます。
その要因としては
- 新設住宅着工戸数の減少
- 住宅の建築方法が無垢材を「見せる」和風建築から、壁やクロスで「隠す」洋風建築に変わったこと
- その洋風建築の建材として、安価で流通の安定した輸入材がマッチしたこと
などが挙げられます。
一方、その間も、山では拡大造林までして植えた針葉樹がすくすくと育っていました。
しかし、お金にならないからと人の手が入らなくなり、山林が荒廃していきます。
木材価格の低迷に伴い、人々の山林離れが進み、林業従事者も減り続け、中山間地域の過疎化も進みました。
このままではいけないと、今度は山林を整備するために公的な助成が行われるようになります。
助成の対象は山林の整備だけではなく、木材の生産活動にまで及びます。
こうして林業は補助金漬けといわれる状態になりました。ちなみに、林業の補助金漬けと言われる状況は、今日も続いています。
つまり、木材需要のことを考える前に、山をいかに整備し、仕事を作るかということに主眼が置かれた状態です。
とにかく、植林した木を伐って山から出さなければならない・・・!
マーケットインに近かったはずの林業界は、いつしかプロダクトアウト的な発想に「ならざるを得ない」状況に追いやられていたのです。
再び、マーケットインの時代へ
しかし、プロダクトアウトだけでは木材価格が上昇することはなく、したがって林業従事者も減る一方で、林業界の衰退はなかなか止めることはできません。
植林された木が利用されず、森林の荒廃も進む。
それではいかん、マーケットイン的な発想にシフトしなければならない。
近年は、またそうした発想になりつつあるようです。
ハウスメーカーが求めるプレカットや集成材などの国内需要、または中国やアメリカの海外需要などに対応するために、木材流通の大規模集約化が進められています。
しかし、この傾向は本当に望ましいものでしょうか?
未来の需要は予測できない
私は前職のマーケティングリサーチ業の中で1つ分かったことがあります。
それは、未来の需要を予測することは非常に難しいということです。
いかに調査を重ね、データを集めて分析しても、過去や現状の需要動向は把握できても、10年、20年先の需要は分かりません。
そう考えると、現在進められている林業界のマーケットイン的な流れは、手放しで喜べる状況ではないはずです。
マーケットイン的な発想は熾烈な競争を生み、やがて規模拡大の方向に向かいます。
そのしわ寄せが来るのが森林です。
今の需要に合わせて盛んに木材生産を続けたら、やがて資源は枯渇し、森林は荒廃します。
森林は工場ではないのです。
木材は再生可能な資源といわれますが、この連載で何度か触れてきたように、木は植えてから数十年たたなければ商品になりません。
しかし、市場環境は数十年後どうなっているか、誰にもわかりません。
一般的な工業製品ならば、市場環境の変化に応じて商品開発を見直すことも出来ますが、木材の場合そうはいきません。
マーケットインのつもりで始めても、数十年後に同じような需要がなければ、必然的にまた、プロダクトアウト的にならざるを得ない。
これはデジャヴ。拡大造林政策の二の舞です。
”商品”を作り始めてから、できるまで数十年。
これほどの「タイムラグ」のある産業は、林業以外にはないでしょう。
林業は、マーケットの動きに機敏に対応することには向いていない産業だと私は考えています。
私がこの記事の冒頭で「林業界にはマーケットイン・プロダクトアウトの発想はそぐわない」と述べたのは、こうした林業界独特の背景があるためです。
では林業はどのような考え方で市場経済と折り合いをつければいいのか。
その考察は次回に持ち越したいと思います。
それではまた次の記事でお会いしましょう。
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