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100冊チャレンジ♯3 無人島のふたり:120日以上生きなくちゃ日記(山本文緒)

山本文緒さん逝去(2021年10月)、の一報を聞いた時の衝撃は、忘れられない。

もちろん58歳という若さで突然に、というのはあるのだけど、何より、ちょうどわずか数日前に久しぶりの長編である「自転しながら公転する」を読み終え、今後もずっと読みたい作家さんが増えたな、と思っていた、本当にその矢先だった。

実はもともと山本さんのことは「恋愛小説の名手」という印象がとても強く、そのジャンルがあまり得意ではないわたしは、持ち前の食わず嫌いを発揮して、ちょっと距離を置いていた作家さんだった。

ただ前述の「自転しながらー」は湿度の高い恋愛要素が少なく、かといって社会派というほど硬い感じでもなく、介護のために実家に戻り、契約社員として働き、あまり良い未来が見えない恋人と付き合い、と人生をもがいている30代女性あるあるのリアリティが面白い小説だった。

期待して次の本を、と思った矢先、逝去って。

そんなこと急に言われても。
でもこれが死なのだ。問答無用で言語道断なのだということ改めて実感した。

ところがそのあと、しばらくして、ありえないはずの新作が出ると聞いて、これまたびっくりした。

それがこの「無人島のふたり:120日以上生きなくちゃ日記」だった。

装丁がとてもかわいらしい

これは、山本さんがある日突然「すい臓がんステージ4」と診断され、余命宣告を受け、緩和ケアをしながら過ごした数か月の日々の記録。

緩和ケア=積極的な治療はもうしないということだから、闘病記とも少し違う。
でもただの日記とももちろん違う。

闘病記というのは意外とたくさん見つかるものだけれど、緩和ケアを受け入れて、その毎日を淡々とつづる本(しかもプロの作家が)というのは、ありそうであまりないような気がする。

山本さんにはお子さんはいない。
実の母親やきょうだいとは文脈から察するにそこまで良好な関係でもなく、なので、濃密な家族といえば、再婚されたご主人だけだ。

急に、世の中とは全然違う世界に放り出された、「無人島に流されたようなふたり」。

いずれ、その無人島から自分すらいなくなって、ご主人がひとり取り残される。
何ができるだろうか?
お互いにいたわりつつ、静かに運命を受け入れながら、でも時々どうしようもなくリアルにうろたえたりする。

人が死を前にするとどういう心持ちになり、どんな行動を取るのか、そういうことを明確に伝えてくれる。

がんは人によって余命が様々で(結果として完治されて長寿を全うされる方だって大勢いる)あるが、宣告から命を終えるまでの準備期間が比較的長い病ともいえる。

かつて、やはりがんと闘ったジャーナリスト千葉敦子さんの「昨日と違う今日を生きる」にもそうした「どうせ死ぬなら、がんという病気でよかった」というような記述があるように、突然の不幸な事故などで亡くなることに比較したら、死への準備ができるという恵まれた(語弊があるかもしれないけれど)一面があるのかもしれない。

山本さんに至っては、最後にもう一冊書きかけの「ばにらさま」という短編集を出版し、さらに亡くなった後にこの「無人島のふたり」を出版する手筈まで整えることをやってのけられた。

緩和ケアをしながら、余命を意識しながらの日々。
それは思いのほか普通なんだな、というのが意外な感じがした。

もちろん遺言を残したり、不動産を整理したりといった独特の作業もあるけれど、基本的には普段自分がやっている断捨離とあまり変わらないことをしたり、体調が良ければカフェに出かけたり、1日ネトフリを見たりなどする。

もう最後になるであろう洋服の買い物なのに、つい割引のものを買ってしまった。という山本さんの記述に、なぜか一番キュっとなる気持ちがした。
人間は、そんな簡単に、「死ぬ自分」を受け入れられるものではなく、どうしても明日や未来があることを前提にしていることが、無意識に行動に表れてしまう。

自分がもし余命〇か月、と言われたら、パッと思いつくのは、例えば最後にファーストクラスで世界一周に行ってやろうとか、高級ホテルを泊まり歩いてやろうとか、そんな俗っぽいことが今思い浮かんだりするんだけれども、実際にがんステージ4などと診断されたらそんなことは思いつきもしなさそうだ、というのがこの本を読むと改めて実感できる。

うまく死ねますように

と書かれた一節が響く。うまく死ぬとはどういうことなんだろう。

命の終わりが見えてくると、自分のことはもうあまり考えないものらしい。
なるべく多くの人に何度でもお礼を言いたい。最後にひとり残していくご主人のことだけが気になる。

しいて自分のことといえば、「最後にもうひとつ、仕事を仕上げたい」。

「思い残すことなんかない」となることは難しいんだろうけれども、それをどこまで減らしていけるか。それがうまく死ぬということなんだろうか。

実はこの本は再・再・再…読くらいの本で、なぜか毎年9月ぐらいになると読む傾向がある。

毎年、猛暑の夏を乗り切って、ふと今年も生き延びたなぁ、とどこかで考えているのか、この本を読むと、なぜか命のリセットをしたような気になる。

急逝の裏側にどんなストーリーがあったのか、それがわかりそうで飛びつくように読ませて頂いた本でした。読んでみて、やっと「残念だけど、最後にこれを読ませてもらって良かった」ともやもやが晴れたような気がした。

素敵な作品を残してくださってありがとうございます。ご冥福をお祈り申し上げます。