小規模林業

会社員から林業家を目指した、3年目のリアル。

こんにちは、ななみんです。

タイトルの通り、オットは会社員から林業家を目指して転身、3年目となりました。

石の上にも3年と言いますが、山の中に3年いると、何が出来て、何が出来ていないのでしょうか。

人生を大きく変えたい!と思っている人に、こんなドライヴを切ったオットはこうなったよ、というひとつの例として、お伝えします。

(わかりにくい方のために。オットは基本的に林業家を目指していますが、今は縁あって、週末は珈琲店を営んでいます)

「自伐型林家」を目指す日常

自伐型林業のシーズンは秋から冬。

この季節(11月~3月)、オットは雨か雪が降らない限りは、だいたい、朝8時から夕方16時くらいまでずーっと山通いしています。

林業に関わる人の家族は、みんな

休日は、雨の日

という憂き目に遭っていると思います。

ななみん
ななみん
(晴れてる日に遊びたいよ!)

と思いつつ。

わたしもたまに手伝いに行くのですが、

よいしょ・・・

父親が働くそばで遊ぶ子ども!?

が、それでも一応チェーンソーとユンボを動かせるようになってて良かったな~とは思います。

ユンボ(バックホー)はすごいヤツ

オットはこの2年間くらいは、ずっと支障木を伐りながら、お借りしている山に道をつけてきました。

その間は広葉樹の多いエリアだったので、いわゆる「木を伐りだして売る」という林業っぽいところには到達しておらず。

3年目にして、ようやく「針葉樹のエリア」に入りかけてきたみたいです。

オットがつけた道はきれいだな、と毎度思いながら歩く道。

ところで「雨降って地かたまる」っていうことわざは本当で、ちゃんとできた道だと、雨が降る度に強くなる(※)みたいですよ。

※ 土質等による違いはあります

3年前の理想と現在の実態

日本橋のオフィスでパソコンの前に向かっていた、ふつうの会社員から3年。
林業に携わって、どのような変化があったか(なかったか)。

3年前の理想と現在の実態をまとめてみました!

3年前の理想 3年目の現実
「山を買う」 × 買えてない(見つからない)
「(買えなければ)借りる」 〇 近所で施業させてもらっている
「林業技術を身に付ける」 〇 3年目としては頑張ってると師匠から言われてる
「山で生計を立てる」 △ 半分くらい(ただし補助金中心)
「四万十に定住」 〇 安定してきました!
「ケガ・病気なく過ごす」 〇 今のところ無事故&健康!

どうでしょうかね?
100点満点とはいきませんが、思いのほか良い感じだと、わたしは思っています。

運がいいというより、縁のおかげです。

運より、縁をつなぐことを意識する

まぁ、「縁」も「運」のうち、という言い方もあるかもしれません。

でも、単なる「運」は花火のように単発で発生し、ひとつひとつが「点」で終わりがちなののに比べ、「縁」は積み重ね。

点が線となり、縁になる

ような気がしています。

「一生分の運を使い果たした」という言葉は聞くけど、「一生分の縁を使い果たした」とはあまり聞かないし。

運より縁のほうが大事だな
と、思うこのごろ。

「縁」を頂いた者の義務としては、これを引きつづき誰かにまたつながなければならないと思っています。

点を線に、縁にして、さらに面にする。
そうできると幸いです。

ちなみに、東京にいるときは、「縁」について考えることはほとんどありませんでした・・・

ななみん
ななみん
やっぱり東京は「円」でしょうね

伊能忠敬は55歳から歩き始めた

それにしても、40代も後半になってはじめた林業なので、なるべく早く形にしたいと、焦るというか、チカラが入っちゃう部分も確かにある。

まだ3年目、もう3年目。

でも、伊能忠敬も、測量を始めたのは50歳を過ぎてからで、測量の旅に出たのは55歳から。さらに、それから71歳になるまで、第10次まで測量の旅に出ている。

今とは平均寿命も違うから、伊能忠敬の時代の55歳って今の70歳、71歳って91歳くらいに当たるんじゃないですかね・・・

ちょっと焦りそうになる度に、伊能忠敬をわたしは思い浮かべています。
こんなシブい絵だけど。

伊能忠敬

3年目以降の「これから」

林業にとって3年って一瞬。
がらりと3年目から新しいステージ!!ってこともないです。

むしろ、まだまだこのままゆっくりとでも着実にやり続けるしかないだろうし、オットはマジメなので、このまま淡々とやっていく中で、理想に近い形にしていくのだろうと思います。
林業は、時間がかかる仕事です。

常に楽しくやることを大前提に忘れないようにしていきたいですね。

ななみん’s VIEW

さてオットについていろいろ書きましたが、「わたし」にとっては、林業(の手伝い)をする時間は、

”ココロの洗濯”

です!
誰もいない山に入る、歩くってなんと贅沢なことでしょうか。

いつも色々書いているくせに、急にぶん投げるような言い方になりますが。
もうね、こういう景色の中にいると、なんか人間界の色んなことがどうでも良くなってくるんですよね。

だって自然ってありのままが最高の姿なんです。
人間だって自然の一部のはずだから、本来はごちゃごちゃ考えたり、作る必要がない。

この感覚、初めは移住してきて気持ちが高揚している、ただの「移住ハイ」だと思っていたんですけど。
もう3年目にもなって同じことを想うってことは、この感覚は、実はわりと本質的で真実じゃないかと思うんです。

たぶん幸せというのはこういうことから来るんじゃないかと思っています。

言語化しづらいですが、こういうことがままある、四万十暮らしです。