ジョン・ミューアの話が続きます!
彼について知りたい方はこちらを読んでね
ジョンの後半生がうかがえるジョンミューア国立史跡
サンフランシスコから40分のところ、マーティネズという小さな町に、ジョンミューア国立史跡があります。
ジョンミューアが人生の後半を過ごした邸宅や、果樹園などが残っており、そのまま見ることができます。入場料は無料。
ヨセミテの自然と、それを守ることに没頭していたジョン・ミューアは、40歳を過ぎてからの結婚ののち、妻のルイ―の父ーつまり義父ーが経営していた果樹園を引き継ぐことになりました。
さすがジョン・ミューア。果樹栽培の知識もあっという間に習得した上に、ビジネスの才覚もあったようで、継いだ果樹園は大成功。経済的にもとても裕福になります。
なので邸宅は、ぶっちゃけ豪邸!
ヨセミテに生きたナチュラリスト・ジョンミューアのイメージからすると、実はちょっと意外なほどのブルジョアぶりがここでは見られます。
人間、そして人生はそれほど一面的なものではないのですね。
書斎って憧れますよね。とても素敵です。
ベッドルームには、当時の衣装などが残されています。
豪華な応接間やダイニングが、当時のジョンの立場や生活を忍ばせます。
義父の後を継いだという責任、また次女の身体が弱かったこともあって、ジョンはヨセミテの山とその保護について気にしつつも、その仕事にはほとんど手を付けられず、ビジネスと家族の心配に明け暮れた日々が長く続きました。
この間、約8年間。
どんなにビジネスで成功して豪奢な生活を送っていても、野性児のジョンにとってはそれは幸せとは言い難い時間だったようです。
それを苦しい想いで見ていた妻のルイ―は、ついに「労働の犠牲を強いるような農園はもう投げ捨てましょう。愛するジョン、あなたは、アラスカの本をヨセミテの本を書くべきです」という手紙をジョンに投げかけました。
そしてジョンは農園経営の大半を手放し、フィールドワークと執筆活動に専心するようになったのです。
自分の道をまっしぐらに走り抜けたような人生に見えるジョン・ミューアでも、実のところ、このような世俗的なことでふつうの人と同じように(あるいはそれ以上に)苦しんだり、時間を費やしたりしていたのでした。
ある意味で、より彼に関心と親しみを感じた部分でもあります。
小さく美しい町、マーティネズ
ところで、このジョン・ミューア国定史跡のあるマーティネズという町自体も、小さいながら雰囲気のとても良い街なんです。
こういう町にあたると、なんとなく「めっけもん♪」な気分!
日本人観光客はまったく見かけず。
タイムトリップしたような、ホットドッグショップ
地元のおじいちゃんたち
台湾系アメリカ人っぽいご夫婦が経営していました。
そして、こんな小さな町発祥の自家焙煎珈琲を発見してビックリ!
店内は
すこぶるCOOL
地元の若者が、パソコンを見つめながらウンウン唸っています
PROBATの立派な焙煎機。
西海岸では、こうやって焙煎機を見せる方式のカフェがもはや当たり前っぽいです。
アメリカはどんな小さな町でもたいていアンティークショップがあるのですがここも例外ではありませんでした。
見る人が見れば、お宝があるのかなぁ。
サンフランシスコからのデイトリップいかがですか
ジョンミューア国立史跡のジョンの旧居は、ジョンの足跡をたどるという意味合いの他に、古いビクトリア朝様式のアメリカ人の暮らしを見るというポイントもあります。
またマーティネズは小さくてかわいい町で、のんびり歩くのに最適。
サンフランシスコの喧騒に疲れたら、ミュアウッズ国定公園と併せて訪ねてみてくださいね。