カフェ日記

移住とターシャ・テューダーが取り持つ縁

「バアさんが庭を歩いている」と言った父

ターシャ・テューダー(Tasha Tudor、1915年8月28日 – 2008年6月18日)はアメリカの絵本画家・挿絵画家・園芸家(ガーデナー)・人形作家である。 彼女の描く絵は「アメリカ人の心を表現する」絵と言われ、クリスマスカードや感謝祭、ホワイトハウスのポスターによく使われている。50歳代半ばよりバーモント州の小さな町のはずれで自給自足の一人暮らしを始め1800年代の農村の生活に学び、彼女の住む広大な庭で季節の花々を育て続けるライフ・スタイルは、日本でも注目を集めた。

wikipediaより

わたしの憧れるターシャ・テューダー。田舎暮らしをしたかったのは、ここが原点でした。

ターシャほど極めた暮らしはムリだろうけれど、自然の中でゆるやかな暮らしをしてみたい。

まぁ都会の女性が考えがちなことですね。

そんなわたしがまだ独身で、両親と同居していた10年以上前、父親に

「NHKで19時からの番組、録画しておいて」

と、外出先からターシャ・テューダーの番組録画を頼んだことがあります。

そして19時過ぎ。

父がわたしに電話してきて、

「なんかバアさんが庭を歩いているだけだけど、ほんとに録画、これでいいの?」

父親は、ふだん都会で遊び歩いている娘が「庭を歩くバアさん」になんの関心があるのか、これはチャンネルか時間を間違えて本当は裏番組のSMAPかなにかを録りたいんじゃないか、と思ったんでしょう。

「あ、うん、そのバアさんでいい・・・」

って思わず返答。

年配の男性にとってのターシャというのは、それくらい縁がないものなんだよな、とこのとき思いました。

ターシャの取り持つ不思議な縁

ところが、この高知のはしっこの四万十までやってきて、わたしたちのやっているカフェの家主さんと話していたら、なんと

「ターシャ・テューダー的な庭を作りたい。アメリカのターシャガーデンにも行ったことがある」

と言う・・・!!

これを30代か40代の女性が言うならわかるんだけど、でも家主さんは60代の立派なおんちゃん(高知の言葉でおじさん)・・・

しかも高知のド田舎で、こんなことを考えている人がいるとは。

心底驚きました。

わたしがこの家主さんを信頼し、また、いっしょに何かしていきたいと思うのは、絶対どこか通じあえるという自信をこれで(一方的に)持てたからかもしれません。

何年一緒にいても通じ合えない人もいる中で、こういう出会いってすごく幸運なことだと思うのです。

ところでターシャ的生き方は幸せなのか

さて、ターシャに憧れて(それだけではないけれど)、田舎に来て2年。

今日、久々にこの本を読みかえして改めて考えてみました。

実際のところ、「ターシャ的生き方」はそんなにいいもんなのか?と。

彼女のそばで暮らした長男のセスは、この本の中でこう語っています。

時に、ターシャに向かって「あなたのように生きられたらいいのに」という人がいます。

でも、実際の彼女の人生 - 人里離れた場所に住み、文明の利器や携帯電話を持たず、買い物のための便利な手段を持たず、1日に2回ヤギのミルクを搾り、家畜小屋の掃除をし、そして何よりも4人の子どもを育て、芸術の世界で成功するために一生懸命仕事をし、お金の心配をし、40代で離婚する、などなどを考えるなら、それほど魅力的ではないでしょう。

魅力的ではない、というより、「わたしにはムリです」て感じ・・・!!

もともとわたしが憧れていたのは、成功したあとのターシャの暮らしのほんの一部分。

そこに至るまでの苦労や、バーモントの暮らしは冬が長く実際は困難も多いってところあたりはわかるようでわからない、実感できない部分でした。

実際に田舎に住んでみてからです。

ターシャの本当のスゴさは、「素敵なライフスタイル」ではなく、「諦めずに信じる道を歩き続けてきたこと」のほうにあるのだということが、少しわかってきたのは。

「敗北を認めてはなりません」

名言の多い、ターシャ・テューダーのことば。

ターシャのことばというと、美しいものを愛しましょう、周りを優しい気持ちで満たしましょう、そういった「素敵な暮らし」に通じるものが多いイメージですが、わたしの心に一番残っているのは、

「敗北を認めてはなりません」

まるで勝負師のような、武将のような、この言葉。

彼女の人生の本質は、このひとことがすべてを表している。

ターシャの「ライフスタイル」よりもその道を歩み続けた強さを、これからは追っていきたいです。