想う

ポップスの王子様が、ニューヨークのジャズマンになってた。大江千里47歳のライフシフトへ共感・雑感

こんにちは、70世代のななみんです。

大江千里さんといえば、高校から大学にかけての「テーマ曲」のひとつ。

しばらくの間、消息を知らなかったけれど、この1~2年、最近の大江さんのことを聞き始めた。と思ったら、東洋経済オンラインという意外なところでインタビュー記事を発見しました。

驚きと憧れと・・・!

大江千里さんインタビュー(東洋経済オンライン)

この記事は、「ライフシフト」で成功した、みたいな押しつけがましい感じはなく、とてもアブラの抜けたさわやかな内容になっているので、ぜひ読んでいただきたいです。

大江千里、47歳で始めた僕の「ライフ・シフト」 米国での活動から小室さんの引退までを語る | ワークスタイル – 東洋経済オンライン

(写真をお借りしています)

47歳で、それまでのキャリアをリセットし、ジャズの名門・米ニュースクールに入学。

現在はニューヨークを拠点とするジャズミュージシャンで、自身のレーベル・PNDレコーズを「ひとりビジネス」として手がける経営者になっているそうで、そのあたりまでの話がインタビューされています。

「NYでジャズ」と聞いたら「へー、かっこいい!」と反射的に思ってしまうけれど、それは音楽のことを全然知らないから。

ポップスからジャズの本場へ、しかも海外でひとりではじめるって、ものすごい冒険なんだろう。

NYってとても厳しそうだし、うまくいかない可能性のほうが大きかったかもしれない。あれだけ人気があって知名度もあったし、国内でプロデューサーとかやっていたほうがきっと安定した人生だったはず。

大江さんの感覚と共感するところ

年齢は10歳ほど違うけれど、バブル期を一部共有しているし、「昭和」な感覚を併せ持つせいか、共感するところがとても大きい。

おカネに対する感覚。

日本のバブルの頃に入ってきた額とはケタが違うんだけど、僕にとってはそれ以上に意味のあるおカネのような気がします。あの頃は入ってくる金額が大きくても、税金やらで出ていくものも大きかった。おカネのことが分からなくなっていて、一体いくら稼いでいくら残るんだろう?という不安がありました。今は銀行口座を見て、仮に減っていても、「あれじゃそりゃあ減るよね。じゃ、またなんか始めなきゃ」って手に取るようにわかる。

このあたりの感覚は(ケタは全然違うけど)すごくわかる。

東京で会社員していたときは、共働きだし入ってくる金額もかなりあったけれど、扶養もないから税金は高い。

疲れたらタクシー、面倒なら外食、旅行は贅沢に、と、なんだか稼いでも稼いでも足りない気がして、不安のほうが大きかった。

今は、あまり入ってこないし(笑)、まぁ使った分だけ出ていくから、必要な分はなんとかしなきゃね。くらいの、なんだかすごく当たり前の流れで、なぜか不安が少ない。なんでなんだろ。

続いて、「捨てたものは何か」という話。

――「何を捨てたのか」は、ぜひ聞きたいです。

「アメニティグッズみたいなもの」を捨てたんだと思います。たとえば、誰かに運転してもらってその間に仮眠をする、といったことですね。今だったら移動は全部自分で公共交通機関に乗って、必要な機材を担いでします。これがいちばん違いますよね。

(人生の)アメニティグッズ、って面白い。確かに、「あれば便利」だけど「なくてもなんとかなる」ものの詰め合わせなんだけど、いつの間にかそれを買うために働いたりしてるんですよね。

わたしは似たような意味で、「フリル」という言葉を使います。人生から、人に見せるためだけの「フリル」を取ると、コストも下がるし、アイロンの手間も減る。

――人にサポートしてもらうことを捨てた?

サポートというより、コンフォータビリティ(快適さ)みたいなもの。それはそれで価値のあることではあったのですが、今の僕はもっと別のところに照準を当てていて、そっちに価値を見いだして生きている。その価値観の中では、コンフォータビリティはいちばん重要じゃなくなったんですよね。

快適さを完全に捨てることは難しいけれど、冬はちょっと温かく、夏はちょっと涼しく眠れて、お風呂に入れたらまずはいいのかなぁって最近思います。

人生100年の時代、休むときは休めばいい

小室哲哉さんへのコメントも温かい。

今は人生100年の時代です。才能だって、そんなに簡単に枯渇なんかしない。もし枯渇したと思ったなら、それは休めばいい。2~3年のバケーションをもらって、まったく違うところで人生を立て直すことはできる。もしスキルアップする時間が十分にあったら、今度は何が出てくるだろう?って、自分にわくわくできると思うんです。

てっちゃんは今でも金髪がよく似合っていて、ハンサムです。だけどやっぱり、60歳手前の顔をしている。てっちゃんはにっこり笑うとかわいいんですよ。それなのに笑わないで、悲しさや苦渋をかみしめた顔をしていると、見てるほうも本当につらい。

せっかくここまで人生を生きてきたのだから、少し休んでいい。 人生って、時々休んで思い切り羽を伸ばせて、話を聞いてくれる最高な仲間が1人でもいたら、十分なんとかやっていける。たくさんの人に囲まれていなくても、高級車で移動しなくてもいい。電車で移動したほうがむしろ、そこでどんな出会いがあるか、何が始まるかわかりません。

ライフシフトって、不思議なことに冒険でもあり挑戦でもある一方で、休みでもあるような気がするんですよね。

頑張っているんだけど、頑張ってないというか・・・

結局、やりたいことをやるっていうのはそういうことなんだろうと、これを読んで感じています。

ライフ・シフトは結果ではなくプロセスに意味がある

夫も47歳でライフ・シフトしてます。全然背景は違うものの、少し道筋が見えるまでには、今の大江さん(57歳)みたいに、10年くらいのサイクルは必要なのかなぁと思う。

それは「結果を出す」ともいえるんだけど、でも意外に結果はどうでもいいというか、そのプロセスそのものに価値があるのではないかな。

結果という言葉を当てはめるなら、逆に毎日結果が出ているのかもしれないですね。「楽しい」という。