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【高知情報】混雑なしの地方美術館は最高です!『幻のコラージュアーティスト』岡上淑子展

こんにちは、ななみんです。
昨年から市内のあちこちで見かけていたこのチラシが気になっていました。

オカウエヨシコ?コラージュ?聞いたことないなーって。

(注:正解はオカノウエトシコ)

目に入る度に気になっていて、とうとう出かけてきました。

初めての高知県立美術館

四万十市から高知県立美術館までは、2時間半ほどかかります。

美術館行くのに往復5時間!

いかに自分の住んでるところがアレなのか、実感する瞬間・・・!!

はじめて訪れた高知県立美術館。1993年設立ということで比較的新しいはずですが、意外に重厚な雰囲気を漂わせていました。

というか、バブル感ある建物ですね。

入口まではこんな道が作られています。この日は雨でしたが、それほど濡れずに済む。

ポスターです。やはりオシャレ。

美術館内は大理石かな?ふんだんに使い、しっとりした趣きがあります。

2階からエントランスを臨む。ゆったり。

ともかく、地方の美術館は空いています。ただひたすらゆっくりできることに感激して泣けてくる。

上野や六本木で、人の頭を見に行ったような美術展を思い返すとクラクラしてきました。。。

活動わずか7年、発見され、忘れられ、そして再発見された岡上淑子

岡上淑子(おかのうえとしこ)さんは、1928年生まれ、2018年現在、90歳でご健在とのこと。

高知市のご出身ですが、小さいころに官僚だったお父様のお仕事で東京に移り、それから東洋英和や恵泉女学園、さらに文化学院で学ばれています。中学生のころから、観劇などがとても好きだったそう。

この経歴だけ見ても、かなりのお嬢さまで芸術に敏感な環境で育ったことはよくわかります。

しかし、芸術家としては、1950年から1956年にかけ、わずか7年しか活動で140点の作品しか残していません。

当時は芸術雑誌などに多少取り上げられていたものの、結婚を機に創作活動をやめてしまっていました。

それから1996年にある写真史家に再発見されるまで、すっかり忘れられた存在になっていたのです。

そこからは怒涛のように世に出てきて、80歳を過ぎたあたりから世界中で展覧会がされていることには驚きます。

岡上淑子のコラージュ作品

岡上さんのコラージュは、進駐軍が残したLIFEなどの海外の雑誌をハサミで切り抜き、糊ではりつけたもの。

ご本人いわく、

はさみとのりがあれば誰でもできる

んだそうです。

 

・・・んなわけない

その作品のどれもが、「ハッ」とする意外性、独創性、そう来たか!という裏切りの驚きに満ちています。

美しくて、不思議で、そして残酷な感じもある。

なんていうか、クセになるアートなのです。

代表作でもある、「はるかな旅」。

わたしが好きだった「夜の家族」

岡上さん自身が一番好きだという作品「海のレダ」

「海のレダ」の展示の横に添えられていた、岡上さんのコメントは印象的でした。

女の人は生まれながらに順応性を与えられているといいますが、それでも何かに変わっていく時にはやはり苦しみます。そういう女の人の苦悩をいいたかったのです。

1950年代といえば、まだ女性が結婚以外の生き方を選ぶのが難しかったころ。

女性の生き方について深い思索をめぐらせた、アン・モロー・リンドバーグの海からの贈物 (新潮文庫)を思わせる一節でした。

これもちょうど1950年ごろに書かれたものであることが興味深いですね。

この本でも、いかに妻であり母である女性が家庭内外のことで忙しく、自分と向き合う時間が取れないか、考えることが難しいかについて書かれています。

岡上さんと直接関係はないのですが、なんとなく連想してしまいました。

「コラージュ」技法にもらった希望

コラージュのもとになっている写真は、どれも岡上さんの作品ではありません。しかし、それを選び、繋ぎ、合わせた時点で、まったく違う芸術が成り立つ。

それは確実に岡上さんの作品なのです。

こんな表現があるということに衝撃を受けました。

と、同時に、少し希望を見出したような気もしたのです。

わたしたちの多くは平凡で、個性とかオリジナリティとかセンスとか、そういうものを持つのは一部の特別な人だと思って諦めている。自分には、特に人に誇れるようなものはないように感じている。

でも仮に自分に大したものがないとしても、何かと何かを見つけ、つなぎ合わせることで、まったく新しいものを創造できるという可能性もあるんだなと。

自分の可能性に、カンタンに限界を設けてはならない。

とても、良い時間を過ごしたと思える1日でした。