プロフィール

【随時更新】東京で会社員20年。からの高知県フリーランスになったプロフィール

こんにちは、ななみんです。
プロフィールって難しいんですよね。めちゃめちゃ書き直ししています・・・
今回も何度目かの大規模リライト。4326字という長いものになりました!

適当につまみ食いしながら読んで頂けると幸いです。

ざっくり自己紹介

Name:ななみん

1971年生まれ。現在、高知県の西端である四万十市に在住。
生まれと育ちは東京都世田谷区で、神奈川県川崎市幸区にも10年ほど居住経験があります。

都立戸山高校から早稲田大学商学部へ行き、その後東京で日系の生命保険会社に入社。

約3年勤めて「円形脱毛症」を退職金代わりにゲットすると、イギリス(ロンドン)と中国(西安市)へ留学。(合計約2年半)

西安とは、唐の時代の都、長安。中国のど真ん中くらいに位置します。
歴史が好きなわたしは、中国の中でココを選びました。
東京、四万十に次ぐ、第三のココロの故郷。

おなじみ兵馬俑
今も残る明代の城壁
街のシンボル、鐘楼

帰国後、市場調査会社に入社し、主に海外市場調査を担当して約15年。
30代はともかく「中国」にハマり、仕事もプライベートもほぼ中国一色という10年間を送りました。

40歳を過ぎてから、社内結婚でイケメンと結婚しました。

ななみん
ななみん
てへ

その後、わけあって外資系生命保険会社に移り、約2年勤務ののち

脱サラ (^O^) イェイ

東京では、学歴・職歴・収入がすべて。ずっと他人のモノサシに従ってきた人生。

東京で最後に住んでいたマンションからの景色


会社を離れ、こちらにきて初めて「自分のモノサシでいう”幸せ”ってなんだろう」と自問自答続けてます。

特技:ちょっとの中国語と、生命保険の知識。誰とでも話がけっこう続くこと。

このブログのテーマ

幸せってなんだっけ?がテーマ。

ブログテーマ:幸せってなんだっけ

試していることを発信する!

  • 自分で作る「暮らし」
  • はじめてのカフェ経営
  • はじめての林業
  • 念願のブログ運営
  • 夫婦の小さなふたり暮らし

でも雑にまとめると「つまるところ、人生はオモシロければいい」と思っているフシもあります(O型)。

おもしろいかも、とか、興味ある、とか、40過ぎてバカじゃないの、とか、なんでもいいですがちょっと気になったら、からんでください。

ちなみに個人ではTwitter,カフェ経営者としてはInstagramをやってます。
良かったらフォローしてくださいね~

【9月の営業日 お知らせ】 猛暑でなければ豪雨と、激しいお天気が続きます。体調を崩されないよう、お気をつけくださいね。 今月の営業日は、土曜、日曜、月曜となります。 1日、2日、3日 8日、9日、10日 15日、16日、17日 22日、23日、24日 29日、30日 お待ちしております😊♥️ ※ 10月から来年3月までは、マスターのもうひとつの仕事、林業がシーズンインのため、土曜、日曜のみの営業となり、月曜日は休業いたします。 ご迷惑をおかけしますが、どうぞよろしくお願いいたします。 #四万十川 カフェ #高知カフェ #自家焙煎

SHADE TREE COFFEEさん(@shade_tree_coffee)がシェアした投稿 –

いま、やっていること

  • オット:小規模(いわゆる自伐型)林業 
  • わたし:在宅のブロガー、ライター
  • ふたり:一緒に週末カフェを経営しています

オットは「ひとり林業」をやってます。いわゆる「自伐型林業」、「小規模林業」ですね。
まだ自分たちの山は持っていません。なかなか、いい山に巡り合わず、今は、近所の山主さんの山を整備させてもらっています。

林業1歳児が感じている、山の仕事の魅力!「(小規模)林業」に関わって1年経ちました。 うちの林業は夫がメインなんですが、わたしも知っておきたいんで、この1年はがっつり研修...

そして、その森で伐った薪を使って、オットはコーヒーを自家焙煎することにしました。
わたしは、スイーツを作っていて、それで2人で週末のみのカフェを経営しています。

カフェを開くまでの経緯はこちら。

あの日の自分のために開いたカフェ~田舎で移住者がカフェをやるまでこんにちは、ななみんです。 現在、週に2~3日カフェを経営しています。 実は移住してカフェをやる予定なんぞもともとはなくて、「ひ...

薪を使った焙煎の実態はこちら。

薪を採るところから始まる石窯自家焙煎。SLOW COFFEEを試しませんか?こんにちは、ななみんです。 うちのカフェでは、豆を石窯で自家焙煎し、オットがコーヒーを抽出しています。 薪を燃やして...

イメージとしては、

  1. オットが木を伐り(一次産業)
  2. その余った薪で珈琲を焙煎してカフェをやり(二次産業)
  3. そんな生活を発信していく(三次産業)

その利益でまた林業の原資を・・・

という形で、「家庭内6次産業」風に暮らせたらなぁと思っていまして。
いま、ヨチヨチ歩きですが、そんな感じになりつつあります。

さらにいえば、そこから他の人と能力や資産をシェア・コラボしていって、ゆるいつながりのある経済圏が自分たちのまわりでできていくと、より楽しくなるなと思っています。

【しまんと暮らし】石窯でパンを焼いてもらった!人生の”シェアとコラボ”を考える1日こんにちは、ななみんです。 カフェを始めてから一番良かったこと・・・ それは、人とのつながりが一気に増えたことです。 ...

会社で「今」を見失っていた

さて、なぜ会社を辞めたかという話です。

夫婦ともに、会社の環境も良く、周囲にも恵まれ、実はそんなに悪い生活ではなかったのですが、40歳を過ぎたころから、もう65歳までの景色はなんとなく見えてきました。

そこまではまぁいい。仕事をしていれば頑張った気にもなってそれなりに満足に過ごせるかもしれない。平和に。

でも、

『65歳まで働いたとして、そのあと寿命90歳としたら、その25年間はいったい何をするんだろう?』

と思ったときにちょっと絶望的な気分になることが多くなりました

やりたいことがない・・・

会社員の看板を下ろした自分を想像すると、そこでやるであろうことは。

シニア向けの教養講座に通い、友だちと美味しいものを食べに行き、映画館、美術館、図書館に通い、オットと海外旅行をし、ゴルフレッスンでも再開する。

全部好きといえば好きなことなんだけれども、25年もやれるだろうか・・・
壮大な「ヒマつぶし」のようにしか感じられない。

しかもそれを優雅に続けるために、なるべくたくさんのお金を貯めようとするでしょう。

ななみん
ななみん
人生100年時代、なんて、祝いどころか呪いだぁ・・・

いま、何かを変えなければならないんじゃないか?
でも・・・

を繰り返す40代前半でした。

「寿命が90年」というのももちろん図々しい想定で、誰でも明日死ぬ可能性もあるわけです。

そのときのわたしは、「長生きしても後悔、明日死んでも後悔」するような気持ちでした。

「会社員のまま死にたくない」心底そう思った

そのときふと考えたのは、30歳を過ぎたころから何度も起業したいと思っていたこと。
でも、自分にはムリだな~と、思っては消し、思っては消していた気持ちでした。

ある日突然、ふと、でもはっきりと、

 

会社員のまま死にたくない

 

と思いました。

会社員という生き方の否定ではありません。
人生で一度は起業してみたかったなぁ、とか思いながら死にたくない。
そんな気持ちです。

S・ジョブズのこんな言葉は、その時も今もわたしの背中を押し続けます。

「もし今日が自分の最後の日だとすれば、本当にしたいことは、会社に行くことではない」と、明確に感じました。

そんなことを考えていた時に、天啓のように大雪。

退職を決意した日のこと。雪だ。会社辞めよう。こんにちは、ななみんです。 「会社員を辞める」ってすごい決意のようですが、最後の最後っていうのは、ほんとうに 崖の淵からポン...

もうひとつ付け加えると、わたしは「管理職」というポジションにどうもなじめなかったのです。〇〇長とかリーダーとか、40歳も過ぎると色んな職位を押し付けられますが、どれもニガテというか、楽しく感じられない。

マネージャーよりプレーヤー向き、というとカッコいいけど、会社は30代以下のプレーヤーで十分まわってるよなぁ、と見ていました。

1歳だけ年上のオットもオットで、人生を見つめ直したいターニングポイントに来ていたらしく、ふたりで出した結論は、「会社を離れた素の自分たちに、何ができるのかを試したい」。

オットは第二の人生の対象として「林業」に興味を持ち、わたしは家で文字を書く仕事をしたいなと思っていました。そして環境としては、自然に近いところで暮らすこと。

とはいえ!!正直なところ、

林業だの文字を書くだの田舎暮らしだのそれっぽいこと言うけど、それ、本当にやりたいこと?

と訊かれると、正直なところそんなに自信があったわけでもなく。
ただ、「やりたくないことをやめてみよう」っていうところからスタート。

最後の最後に背中を押したのは、ガンと闘いながらも「できない理由」を挙げることなく、自分の生きたい場所を選んでひとりNYへ渡ったジャーナリスト、千葉敦子さんの本でした。

千葉敦子の潔い生き方に背中を押される。「昨日と違う今日を生きる」こんにちは、ななみんです。 大げさではなくわたしの人生を変えた(良い意味で)、とっておきの1冊を紹介します。 ...

なぜ地方に移住したのか?

もともと夫婦とも旅が好きだったので、いろいろ日本や世界をめぐるうちに「都会より田舎がいいな」と思っていたこともあります。

それにオットがやりたいことが「林業」だったため、自然と地方移住という選択肢が浮かんできました。

わたし自身は、かなり前から実は地方で暮らすことに憧れていました!
軽自動車で大きなスーパーやホームセンターにスイスイ行くような生活!

  ほんとうはハスラーが欲しかった・・・

ハスラーはさておき、移住することはスンナリ決まって行きました。

移住先の決め方はこんな感じ。

縁もゆかりもない高知へ。40代が移住した理由。こんにちは、ななみんです。 わたしは、移住の下見の時まで、高知県はおろか四国にもろくに入ったことがありませんでした。オットもほぼ同...
ななみん
ななみん
色々書いてますが、ぶっちゃけ直感で決めた感じも強いです

なぜ40代を過ぎて、脱サラ・移住できたのだろう?

自分で言うのもなんですが、勇気ありますよね!

たぶん1つには、オットもわたしも海外を見てきた時間が長いので、

  • 世の中は何でもアリだなぁ
  • 人間はやったもん勝ちだなぁ

という感覚が身に着いていたこと。

2つめは、そういう人間同士が夫婦だったこと。ひとりだとこの勇気は出なかった。

3つめは、現実的な話として、子どもがいなかったこと。誤解を恐れず言うと、わたしたちは身軽でした。

ブログを書く理由

自分が移住を考えたときに、40代(以上)が書いている、参考になるブログってほとんどなかったんですよね。

なので、別に年代を限定しているわけではないのですが、特に40代前後で同じように「これから改めて人生がんばろー」と思っている方の参考になるページになれば幸いです。

もちろん若い方にも、50代以上の方とも交流したいし、そうした読者が増えることが、わたしにとってはモチベーションになります!

届きたい境地

田舎に来たのは、自然に近いところに身を置きたいというだけで、「田舎らしい暮らし」をあえて目指してはいません。

畑仕事は疲れない程度でいい。野菜は買ったほうが安い。
手作りジャムや調味料は美味しいけど、プロの作ったものを楽しむのもいい。
薪を使った生活は楽しいけど、電気はやっぱり便利だ。

田舎にいるんだから、あれしないと。これはやめないと。と思うと、他人のモノサシで生きていた都会と結局同じことになります。

わたしがここでやりたいことは

自分だけのモノサシに従い、大切なものを見失わないこと。

当たり前すぎて、できる人にとっては「なんのこっちゃ」かもしれませんが、がんばらずにごくごく自然にそんなことができるひとになりたいのです。

最後までお読み頂いてありがとうございました☆